子育て・学校・コミュニティは、
人が社会の中で生きる基盤。
私にとっての研究とは、
生きること、そのものです。子育て・学校・
コミュニティは、
人が社会の中で生きる基盤。
私にとっての研究とは、
生きること、そのものです。
PROFILE
藤後 悦子Etsuko Togo
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筑波大学大学院教育学研究科修士課程修了。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士後期課程単位取得満期退学。筑波大学にて博士号(学術)取得。放送大学、立教大学、筑波大学大学院の兼任講師を経験。公認心理師、臨床心理士、臨床発達心理士。全国保育士会や全日本中学体育連盟など幅広い分野にて講演会多数。足立区区民評価委員会副会長、足立区文化・読書・スポーツ推進委員会副会長、新宿区社会教育委員学識。
専門:
臨床心理学、コミュニティ心理学、発達心理学
主な担当科目:
子育てカンファレンス、教育・学校心理学B、心理的アセスメント
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研究内容に興味を持ったきっかけは?
北九州の実家、北欧のフォルケホイスコーレ。
人と学びがつながる場所って、面白い。生まれ育ったのは、福岡の北九州。母は臨床心理士で保育園を経営、父は商店街の下駄屋を経営。家に父親の友人たちがよく遊びにきていて、お酒を飲んでいる大人たちの話を夜中まで端っこで聞いて面白がっているような子どもでした。世界は面白いことで溢れてるんだな、と想像して子どもながらにワクワクした。おじさんたちの教えは「人を大事に。友達を大事に」。振り返ると、カウンセリングで大切にしている「人の生き方や価値観に耳を傾けること」を学んだのはここかもしれません。中学校では生徒会長。高校時代にはオーストラリアに1年間留学。同じ交換留学生として留学先で仲良くなったドイツ人の友達のもとに、祖国からクラス写真が送られてきた時のこと。彼女は私に「東ドイツのクラスメイトが増えたんだよ」と教えてくれた。ちょうど、東西ドイツが統合された後だったんですね。私たち高校生の小さな世界にも、世界の大きな動きが影響している。ハッとした出来事でした。同時に、自分の当たり前は誰かの当たり前じゃない、自分の価値観なんて世界何十億人のうちのたった1つでしかないんだと思い知った瞬間でもありました。
高校時代の留学をきっかけに、国際関係や途上国の教育開発に興味を持つようになりました。とはいうものの、大学時代は部活一色。少林寺拳法部に所属し、多くの大会に出場。大会は2人組の演舞なので「相手に呼吸を合わせろ」と何度指導されたことか。でもこれは「相手のペースに合わせる」というカウンセリングのペーシングと通ずるものだったなと。バイトはコンビニ、ケーキ屋、保育補助、家庭教師、国際会議の受付、選挙のうぐいす嬢、祭りの金魚すくいまでなんでもやりました。充実した日々でしたが、本当に学びたいことは何なのかと分からなくなった時があったんですね。そんな時、たまたま出会ったのがデンマークの「フォルケホイスコーレ」という教育でした。デンマーク人なら一生に一度は学ぶという大人のための学校。試験も成績表もない。全寮制で生徒も先生も一緒に暮らす。対話を通して学び合う場。フォルケホイスコーレ運動がデンマークの民主主義への移行を円滑にしたとも言われています。この教育に触れて浮かんだキーワードが「人と社会の成熟」でした。これってもしかして私がやりたいことなのかもしれない。何度か現地を訪れたり、勉強したりする中で、もっと深く知ってみたいと思うように。「北欧だから可能なのか?」と思って調べたところ、インド、バングラデシュにも同様の学校があると知りました。これは行ってみるしかないと、一年休学して、船で韓国にわたり、タイ、インド、バングラデシュへ。卒論のためのデータを集めました。村の中に入っていって、現地の人にインタビューを行ったり、デンマークでは生徒として学校生活を送ったりしました。印象に残ったのは、日々の何気ない会話の中で、ルワンダの大量虐殺、エストニアの歌う革命など、社会的な事象とともに彼らの人生が語られること。生活の中の生きた言葉。「人と社会の成熟」というキーワードが再び浮かんだ。私が目指す研究はこれなんだ。確信に変わった瞬間でした。自分自身が生活しながらデータを収集。実体験と研究を重ねる今の研究方法はこの時から変わらないスタイルです。
帰国後、思いがけない転機が訪れます。当面の生活費を得るため、実家が経営する保育園でアルバイトをしたのですが、「子ども」という存在に触れ、衝撃を受けたんです。海外での刺激と同じくらい大きい衝撃。子どもってこんなに笑ってこんなに泣くんだ、と。子どもの喜怒哀楽に人間の本質があるように感じたんです。それから、いつか保育園という場所を使って、人々の居場所を作りたいと思うようになりました。人と人がふれあい、人が育つ、地域の居場所です。そのために保育士資格を取得。子ども、障害児、保護者など、多様な人を理解し支えるためには心理学が必要。可能な限りの心理学の授業を受講し、学内外の勉強会に参加、書籍やDVDによる学び、臨床現場への飛び込みなど、あらゆる方法で必死に勉強。私にとって大きな転換点となりました。 -
研究内容とは?
子育て、学校、スポーツ、地域。
実体験が、研究につながりました。私の研究テーマは、「社会的子育て」「学校臨床」「スポーツ」「地域づくり」の大きく4つ。どのテーマも自分の生活の延長なんです。私にとっての研究とは、生活すること、生きることとほぼ同義だったりする。最初の「社会的子育て」は、子育て経験から。子育てしてみたいと大学卒業前に結婚し、大学院時代に出産。私も夫も実家は地方で、頼れる人ゼロからの子育てスタート。精神的にも辛かった時に救われたのが、地域のママさんソフトボールでした。孤独になりがちなママ1年生への、温かいまなざし、助けの手。これこそ子育て支援では。社会的子育てに必要な“養護性”をテーマに心理教育プログラムを作り、中学校で実践。約8年にわたる実証研究を博士論文としてまとめました。一方「スポーツ」研究のきっかけは、子どもの習い事。スポーツ現場で目の当たりにしたハラスメント。親の立場では限界があり、科学的な実証を通して問題提起をしたいと、仲間と共同研究を立ち上げました。ドイツ、フィンランド、アメリカ、フィリピンでの調査も行いました。研究を通して多くの人と出会い、世界が広がる。問題提起を超えた、研究の面白さに没頭しました。
心理学の研究は、社会に還元できるという点も面白いところです。現在、足立区や新宿区で複数の公職についています。新宿区では子育てについて気づきを促す「家庭教育ワークシート」を8冊作成しました。新宿区全校に配布。プロジェクトチームで議論を何度も重ねて毎年改定を続けています。足立区の区民評価委員会では、区の重要な事業を区民と一緒に時間をかけて評価していきます。作業量は膨大ですが、心理学の専門性が施策に反映され、地域が変わっていくのを肌で感じます。手応えが嬉しいですね。最近では、文化・読書・スポーツという3つの分野を連携する企画にチャレンジ中。そして、私の研究や臨床で欠かせないのが保育園。20年以上欠かさず週1回保育園に通っています。「とーごちゃん!今日は何組さん?」と子ども達が駆け寄ってくる。本当に子どもはいとおしい。こんな風にいろんなことをやっているので常に忙しいのですが、「実体験」と「研究」と「臨床」の3つを同時並行するからこそ、相乗効果でそれぞれがうまく前に進むようにも思っています。忙しいのは仕方ないですね(笑)。 -
教育ポリシーについて
自分のことだけじゃない、まわりのことも。
つながりの中で、人生は豊かに育まれていくと思う。私の授業は課題をたくさん出すので学生たちは大変だと思います。なぜ課題を多く出すのか。それは、課題を通して視野を広げてほしいから。自身の経験と知識を結びつけて、学生が自分の頭で考えることを大事にしています。「教育・学校心理学B」という授業では、学校でのトラブルを教材に心理劇や模擬カンファレンスをします。先生役、生徒役、保護者役をそれぞれ実際に演じてみて、シーンごとに「どんな気持ちになった?」ということをお互いにディスカッションするんです。ただテキストを読んで議論するだけだと、この人が悪いとか批判中心になりがちなのですが、各人がなりきって演じてみると、それぞれの立場や背景を汲み取りながら建設的な意見が出てくるから不思議です。
ゼミも私が一方的に教えるのではなく、みんなで運営するものだという前提で進めています。学生はサービスを受けるのが当たり前という環境で育ってきています。社会人になるということは、人のために何かする立場になりますよね。だからこそ、自分さえ卒論を書ければいいのではなく、隣の人が困っていたら助けようよと。逆に、自分が困った時はちゃんと助けを求めようとも言っています。輪になって、助け合ったりしながら取り組むことの面白さは、最近プライベートでも実感しています。地域でおこなっているラジオ体操と太極拳に参加しているのですが、参加者の中にオカリナが得意な人がいて、私も一緒に練習してオカリナの演奏会に出演したんですよ。鳥に詳しくて、鳥のことを教えてくれる人もいますし、自家製野菜を持ってきてくれる人もいますね。みんないろんな特技をもっていて、尊敬します。そうやって地域の中で、対話によって知見が広がっていき、次の楽しいことや新たな研究テーマが生まれてくるんです。最近はセカンドライフに何をしようかと考えるのですが、そこに行くといろんなヒントが転がっているようでワクワクします。結局のところ、どこにいっても研究のことばかり考えてしまう。もしかしたら、研究は私にとって人生の趣味なのかもしれません。
人に助けられたり、助けたり。
誰かの役に立とうとする
気持ちと行動で、
この社会はできている。
地域も教室の中も
おなじだと思います。
3つのキーワード
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01海外での刺激
ヨーロッパ、アメリカ、東南アジア、南アジア、オセアニアなど全部で、20か国以上。バックパッカーの貧乏旅行から、スタディツアー、スピーチコンテスト優勝の副賞だった研修旅行、国際学会、現地調査などいろいろ。まだ将来の進路も決めていなかった頃、何があるかわからないと、タイでタイマッサージの資格も取りました(笑)。写真はデンマークの学校の時の仲間と撮ったもの。
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02お散歩フォルケ
私がいつも参加している年中無休の地域のラジオ体操と太極拳は、人生のモデルの宝庫。毎回体操が終わった後にみんなでお散歩。お散歩をしながら対話をし、地域のつながり、人のつながりがどんどん生まれていくところがまさに「フォルケホイスコーレ」そのもの。これからこの活動を「お散歩フォルケ」と称して広げていこうと考えています。
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03娘1人、息子2人
社会人の娘1人と、大学生の息子2人がいます。学生で子育てスタートだったので、お金はなかったけれど、時間と愛情はたっぷり。家族みんなで成長してきた気がします。現在次男は大学で心理学専攻。最近は、私の論文を見ては意見してくるように。なかなか生意気な年頃です。子どもたちにこの企画の3つのキーワードは何がいいと思う?と聞いたら「お母さんと言えば、スーパーの半額セールだよ」と言われました(笑)。写真は娘のバイト先です。
こんなこと学べます、
ゼミ生たちの卒業論文
児童期の母親との愛着関係が女子大学生の結婚観に及ぼす影響 / 夫婦のコミュニケーションスキルと母親の育児不安との関連性 / ブックスタートが保護者の意識に与える影響 / 親の離婚が子どもに与える影響について / 部活動に友人、コーチとの関係性が中学時代の自尊感情に与える影響 / 中学生時代の部活動の満足感と指導者の指導行動が青年期の自己受容に与える影響について / 児童養護施設入所経験者の自己受容に関する研究 / 大学生の就職活動不安と生きがい感の関連について / 香の違いが不安に与える効果 / ネット上の誹謗中傷経験が中学生の友人関係に与える影響
著書・論文
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スポーツで生き生き子育て&親育ち : 子どもの豊かな未来をつくる親子関係
[著書]編著/福村出版/2019
スポーツを切り口とし、遊びや生活の大切さ、子育てのQ&Aを踏まえ、子どもと親がWell-Beingを高めるために何が必要なのかを分かりやすく説明しています。こども環境学会論文・著作奨励賞受賞。
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中学生のナーチュランスを形成する発達教育プログラム
[著書]単著/風間書房/2012
コミュニティ心理学の視点から社会的子育てに必要な養護性を形成する心理教育プログラムを、中学生を対象に開発しそれを評価。学校臨床での実践をモデル化した大著(風間書房書評より)。博士論文を書籍化したものです。
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地域スポーツに関わる母親のネガティブな体験
[論文]共著/心理学研究 89(3), 309-315/2018
よりよい子どものスポーツ環境構築に向けて、地域スポーツに関わる母親のネガティブな体験を8名の母親へのインタビュー調査を基にM-GTAを用いて分析した。