高齢者心理学は
まだ見ぬ未来の話。
誰もわからない。
だから面白い。
PROFILE
髙橋 一公Ikko Takahashi
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1989年、明星大学大学院人文学研究科心理学専攻修士課程修了。1990年-1997年、一般企業にて適性検査の開発や安全教育活動に関する企画に従事。その後、立正大学非常勤講師、身延山大学仏教学部専任講師、准教授、山梨県立大学非常勤講師、群馬医療福祉大学社会福祉学部准教授を経て、2011年より東京未来大学教授。2012年よりモチベーション行動科学部教授、学部長。臨床発達心理士SV、学校心理士、精神保健福祉士。
専門:
生涯発達心理学、高齢者心理学
主な担当科目:
発達心理学、教育相談など
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高齢者心理学に興味をもったきっかけは?
お金がいっぱいあって
恵まれている人は幸せなのだろうか?発達心理学は、人間が生まれてから死ぬまでの成長や変化の過程を追いかける心理学ですが、私はその中でも中年期以降の心理学、高齢者心理学を専門としています。発達と聞くと、子どもや青年をイメージしがちですが、自分がいざ社会に出ると、衰えていくプロセスも非常に大事なんじゃないかと感じたんですね。というのも、私が大学院生だった1987年、介護福祉士が国家資格になり、その養成科目に高齢者心理が入ったんです。その後高齢者のアイトラッキング(目の動き)を、光学機械を使ったりして共同研究していたこともあり、専門学校等で高齢者心理学を担当することになりました。
そんなことをしていると、ふと考えるんですよ。歳をとるって幸せなことなのかな。お金がいっぱいあって恵まれている人って幸せなのかな、と。それから客観的な幸福感ではなく、主観的な幸福感に着目するようになりました。大学院修了後に勤めていた会社は、教習所の適性検査を作っている会社だったのですが、これからますます高齢社会になり、高齢者の交通事故が増えるだろうから対策が必要だと、企業も様々な企画を進めていた時代でもありました。 -
研究内容とは?
高齢者心理学は、まだ見ぬ未来の予測。
だから、面白い。「高齢者の主観的幸福感」というテーマを中心に研究しています。すごく当たり前のことなんですけど、子ども時代のことって誰もが振り返って語ることができるじゃないですか。みんな経験者。しかし、高齢期って実際に存在するんですけど、研究者自身もまだ経験したことのない未来の話なわけです。つまりわからないことだらけ。想像の域を出ないものだと私自身とらえています。でもだからこそ、何が出てくるかわからないという面白みがあるんですよ。
例えば、「高齢者」と「老人」という言葉。「高齢者」とは日本の法的には65歳以上を指す言葉ですが、「老人」とは年齢で定義される言葉ではないんですね。老人かどうかは、主観なんですよ。60歳で「自分は老人だ」と思う人もいれば、80歳でも思わない人もいる。周囲から老人だと言われるようになった時に、自分のことをどうとらえているかが大事なことだと私は思っています。どんなにエネルギッシュな人でも、どこどこが痛いとか、身体的な問題を抱えるようになります。その時に自分のことをどう思っているのかと。
主観の研究は実証方法が難しいんですね。対象者へのアンケートを元にデータを収集して解析するというのが、従来の手法ですが、私が近年注目しているのは「テキストマイニング」と呼ばれる手法。文字列を単語に分割し、それぞれの出現頻度や相関関係を分析する方法です。以前、「高齢者のイメージについて」というアンケートをとり、このテキストマイニングを用いて分析をしてみました。すると、女性からは「“かわいい”おばあちゃん」といったポジティブな単語が出てくるんです。きっと長生きしてこうなりたいというイメージがあるのでしょう。一方で男性はそうした単語がほとんど出てこない。男性は「年を取る=働けなくなる」とネガティブにとらえているのではないだろうか、という仮説ができる。高齢者を対象に調査をすると、「認知症」など病名が出てくるなど、世代別の違いも興味深いところです。
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大学の教員になったきっかけとは?
冗談、寄り道、人とのつながりが、
人生を豊かにしてくれた。会社員だった私が大学教員の道に進むきっかけは、社会人5年目の時に遡ります。ある大学の教授が「大学に社会人向けの夜間コースを設置するので、企業の同意書を集めている」と私の勤め先にやってきたんですね。その席で上司が「髙橋を講師に使ったら面白いんじゃないですか?」という冗談を飛ばしたのです。もちろんその場だけの冗談かと思っていたのですが、後日連絡
が入り、やってくれと言うんです。わけもわからず、会社員と非常勤講師という、二足のわらじ生活が突然スタートしました。週に5コマ、夜間主コースですから平日の夜、土曜日が大学で授業。あれよあれよという間に忙しくなり、7年間勤めた会社を辞めて、大学教員一本に絞ったのが35歳の時でした。
その2年後にもひょんな転機が。私は大学生時代にお寺の運転手のアルバイトをやっていたのですが、当時お世話になっていたお寺のご住職が大学教員をされていて、ある日突然連絡が来て、「一公くん、私の後任で講師をやらないか?」と言うんですね。これもご縁だと、その仏教系の大学に移ることに。余談ですが、私は名前が一公(いっこう)というのですが、この名前は僧籍のある人間と勘違いされがちなんですよ。他の職員の方からも本職は僧侶だと思われたようです。それはそれで面白いのでまあいいかなと(笑)。
東京未来大学へは、最初はこども心理学部の教員としてやってきました。ところが着任一週間で新設されるモチベーション行動科学部へ移籍の話をいただくことに。びっくりしました。実は、国家資格である精神保健福祉士の資格をもっていることや、大学卒業後、精神科の病院で勤めていたことなど、一見関係なさそうな点がつながって、東京未来大学に辿り着いたんですね。そこからまた思わぬ転機かと。私のキャリアは一本道じゃない。寄り道や思わぬ転機だらけ。そうした自分の経験も踏まえて、学生に教える上で大事にしていることがあります。獅子搏兎(ししはくと)。ライオンは兎を捕まえる時にも全力を尽くす。つまり、容易に思われることでも、手を抜かず全力でやるという意味の言葉です。学生には、小さなことでも手がけたことなら一生懸命やってほしい。そうすると思いがけない出会いやチャンスに恵まれるかもしれない。少なくとも私はそうでした。
高齢者の心理は、人生のそれぞれのステ−ジで何を成し遂げてきたのかが、大きく影響します。学生時代に打ち込んだこと、モラトリアム経験、家族や友人とどんな関係性を築いてきたか、などなど。ワーカホリックな人が迎える定年退職。その後の人生どうしますか?お金でつながる関係性、お金がなくなったらどうなりますか? その時のためにも、趣味や好きなことを持つといいと思います。多様で多彩な人や世界とつながれるし、いろんな幸せの尺度を持つことができる。あなたの人生を広げてくれる重要な鍵になるかもしれませんから。
なにが幸せかって
他人が決めるわけじゃない。
寄り道や遠回りも、振り返れば
研究を深めるきっかけでした。
3つのキーワード
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01静中有真趣
静けさの中にこそ本当の面白いことがあるという意味の言葉です。わいわい賑やかなのもよいのですが、時には一人で考えて一人で結論を出すことも大事だと思います。私自身もそうなのですが、静かに自問自答することで、いろんな発見や学びを得ることができます。
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02安全運転1100ccライダー
私は高校生の時に50㏄の原動機付き自転車を購入したことにはじまり、最終的に1100㏄のオートバイを所有するほどのバイク好き。ただ、バイクは危険なので子どもが大きくなるまではと控えていました。そんな娘も大学生になったので本格的にリターン。愛車はHONDAのアドベンチャーバイク。ヘルメットはもちろん、フルプロテクターで普段から安全運転を心がけています。
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03家族への想い
私が一番大切にしてきたのは家族です。研究者は往々にして研究を優先してしまい家族は二の次…なんてことも。だからこそ、それは意識しなければいけないと。子どもに愛情を注ごう、しっかり育てようとやってきました。娘もちょうど成人を迎えますが、素直で自由に育ってくれて本当によかったと思います。
こんなこと学べます、
ゼミ生たちの卒業論文
主観的幸福感と“老い”のイメージの関連についての研究 -高齢者と大学生の比較を通して- / 映像作品を通してみた青年期の心理 -「バケモノの子」の登場人物と現実を生きる大学生の自我発達プロセスの比較- / 大学生の学校適応と学習意欲に関する研究 / 「子ども食堂」に関する研究 -「居場所」と「貧困」の視点からー / 大学生の対人関係に関する一研究 -外見的要素が魅力に及ぼす影響- / 大学生の購買行動に関する心理学的研究 -先行情報が商品イメージに与える影響についてー / 世代によるコミュニケーションの違いに関する研究 -青年層と中年層の比較- / ストレスフルなライフイベントが大学生の恋愛に及ぼす影響 / 青年期における「死」のイメージの発達的変化
著書・論文
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青年心理学
[著書]編著/サイエンス社/2020
青年の心理について考えるとき、社会、環境、時代の影響も考慮しなければならない。現代に生きる青年の心理について、歴史、身体的側面、感情・思考的側面、自己とアイデンティティ、人間関係、社会参加といったテーマを中心に外観。
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発達心理学15講
[著書]共編著/北大路書房/2019
ヒトの誕生から死までの発達プロセスを「発達心理学の基礎と理論」「発生から第二次性徴までの変化」「疾風怒濤の時代 青年期から成人前期」「喪失の時代から超越へ」の4部15の講義に分けて、「発達心理学」のミニマム・エッセンスをまとめる。
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高齢者大学に通う高齢者の「老人イメージ」に関する研究
: 自由記述から見た「老人イメージ」と主観的幸福感の関連について[論文]単著/モチベーション研究 Annual Report 第8号/2019
高齢者大学にて継続的に学習を実践している高齢者95名を対象に、主観的幸福度および老人イメージについて調査・分析を行った。その結果、主観的幸福感の高低が「老人」という“ことば”のイメージに影響を与えている可能性が示された。